2010/10/24

厳しさは優しさ


  フランスより HAT です。今週、木曜日から土曜日まで米国ボストンにおりました。ボストンは初めてだったのですが、天気も良く非常に楽しい3日間でした。土曜日の朝に、ニューヨーク時代の上司と飲茶をしました。彼は中国系アメリカ人で、現在はボストンにある生命保険会社の運用担当として活躍しています。

  私がニューヨークにいたのは2002年、2003年でしたが、当時はアメリカの金利が下落局面(価格は上昇)であったため、債券取引が大変活発な時期でした。従業員を教育しないことで有名な(?)前職にあって、当時の上司であった彼は例外的に部下に対して教育熱心で、自分の知識や経験を常に分け与えようとしていました。彼がいつも私に言っていたのは、「英語は堂々と間違えろ」、「話す内容を文書化しろ」、「距離をつめてささやけ」という三つです。

  ①英語は堂々と間違えろ
  彼は常々、「お前は外国語で仕事をしているんだ。それは、非常に不自然なことだ。だから、英語を間違えるのは自然なことだ。気にせず堂々と間違えろ」と意味不明の論理を振りかざしていました。但し、「堂々と間違える」ことは結構重要なことで、間違えることを気にせず話すことで間違いが少しずつ減っていくことに気が付きました。

  その代り、一つだけ決して間違えてはいけないことがありました。それは金額です。債券の注文をトレーダーに出す場合、「Ford, Buy, $430,000(four hundred thirty thousand)」という形で普通は終わります(かなり簡略化してある)。私は英語に不安があったため、「four, three, zero, comma, zero, zero, zero」と数字で復唱することを彼から指示されました。おかげで、大きな事故を起こすこともなく、2年間を過ごすことができたのです。

  ②話す内容を文書化しろ
  アメリカの大学では、「スピーチ」という授業があります。そこでは、話す内容をカードと呼ばれる小さな紙に箇条書きにまとめて、それを見ながらプレゼンするように指導されます。ニューヨークに行ったばかりの時は、顧客訪問時もカードに話す内容を箇条書きにして、プレゼンをしていました。しかしながら、内容を完全に覚えている訳ではないので、所々詰まったり、質問にうまく答えられないことがありました。この点について、彼は私に厳しく指導しました。以下は二人のやりとりです。

彼: お前はなんで、その小さな紙を見ながらプレゼンするんだ?
HAT: 大学の授業でそう教わりましたんで。
彼: お前に一つ重要なことを教えてやる。実社会においては、学校の勉強など何の役にも立たない(← 問題発言)。だから、大学の授業で習ったことなど全て忘れてしまえ。
HAT: ・・・
彼: 大体、カードを使うプレゼンというのは、英語が母国語の人間がすることだ。英語が下手なお前がネイティブと同じようにやって勝てると思うか?もっと頭を使え。
HAT: しかし、カードがないとプレゼンが難しくなります。
彼: 逆だよ。話す内容を全て文書化するんだ。そうすれば、内容を忘れても、話が途切れることはない。

  それ以降、プレゼン前日の夕方はいつも文書化した台本を基に、彼の前でリハーサルをすることになりました。文書化を始めて気付いたことは、内容が明文化されているので、自分で「ここはおかしいかな」、「これはこうした方が相手はわかりやすいな」と一人で改良することができたのです。

  また、彼とリハーサルをすることで、「そこはなぜそうなる?」、「どういう論理でその結論になった?」という想定問答の練習にもなったのです。プレゼンを文書化することにより、少しずつ取引量も増え、そうするとトレーダー達も良い情報を回してくれるようになったのです。点を取るフォワードにはパスするけど、点取らない奴にはやらないということかなぁ(笑)。

  ③距離をつめてささやけ
  これは営業で契約まで持っていく時の技術として、彼が唱えていたことです。顧客と話をする際、既に面識があるのであれば、正面ではなく、斜め前に座れと彼はいつも言っていました(正方形の机で、斜め45度に座れという意味)。斜めに座ることで、真正面に座るよりも話す声量が小さくて済むと彼は主張していました(斜めに座ると、こちらの口が相手の耳に直接向いているから。正面の場合、そうではない)。

  彼曰く、「お前は恋人に愛の言葉をささやくとき、真正面から言うか?言わないだろう?隣に座って、彼女の耳元で愛の言葉をささやくはずだ。営業も恋愛と同じなんだから、相手が心地よい空間で、心地よい声量で話さないと駄目なんだよ。」

  最初にこの話を聞いた時、「この人は大丈夫だろうか?」と思ったものです。しかしながら、ものは試しで、既に面識がある顧客との商談の場で斜め前に座ると、確かに反応が良いパターンが多かったのです。恋愛のケースは不明ですが、営業のケースでは「ささやき戦法」はある程度成果を収めたような気がします。その名残で、ビジネス・スクールに入ってからも教授の斜め前に座ってしまうのでした(笑)。

  そんな昔話をしつつ、「以前、ボスは学校教育は役に立たないとおっしゃいましたが、ビジネス・スクールは楽しいですよ」と私は話しました。そうすると彼は、「あれは学部時代の勉強のことを言ったんだよ」と笑うのでした。その目尻には、7年前と変わらず、厳しさと優しさを示すしわが刻みこまれていました。
  
  

3 件のコメント:

  1. 私はこのブログを見るのは2回目なんですが、ためになることがいっぱい書かれていることに気がつきました。そして皆さんの経歴も分かって面白いです。なるほど、チグニータ先生の台本を書く能力はこうやって身についたんですね(笑)。

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  2. コメントありがとうございます。元気ですか?
    フランス語も英語と同様に、間違えまくりながら話してます(笑)。

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  3. お久しぶりです。のこり少ないKBS生活に焦りを覚えながらも元気にやっております。7グループ時代に谷口さんから学んだ台本の演出スキルは、最近の授業内プレゼンでも非常に役立っています(笑)
    私も遅ればせながら英語を勉強しているのですが、話さないとなかなか上達しませんね・・。頑張ります。

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