2010/09/20

八甲田山と欧州レンタカーの旅


  フランスより HAT です。先週末、ドイツのミュンヘンを訪れました。世界最大のビール祭り、「オクトーバーフェスト」に参加するためであります。パリからミュンヘンまではおよそ900km、東京から福岡までの距離とほぼ同じ。普通の感覚だと鉄道か飛行機を使うと思われるが、価格の点からレンタカーが選択された。同行者は韓国人、中国人、シンガポール人と全員アジア系である。この旅行中に何と、伝説のケース「八甲田山雪中行軍」が活かされることになるのである。

  先週の金曜日は授業が午前中だけであったため、昼食を取ってからミュンヘンに行く予定にしていた。しかしながら、シンガポール人の体調が思わしくなく、集まった瞬間からお腹を押さえて足を引きずっているではないか。全員から「大丈夫か?」という質問が投げかけられたが、「問題ない」の一辺倒。行くという人間を返すわけにもいかず、結局出発進行となる。

  今回の旅行計画については全く関与していなかったのだが、次第に準備不足が明らかになる。レンタカーを借りたはよいが、カーナビがついていない。韓国人の i-phone をカーナビ代わりにしようとするも、画面が小さく、音声もないため殆ど役に立たない。午後2時に出発したが、午後6時になってもパリ市内をうろうろしている始末。それに加えて、シンガポール人の容態はますます悪化していく。発熱、腹痛、悪寒。どう考えても旅行ができる状態には見えない。道が分からない苛立ち、病人を抱える不安、一同の焦燥感は次第に高まっていく。

  その時、私は八甲田山のケースで学んだことを思い出そうとしていた。行くか、戻るかは自分で決めなければならない。しかしながら、重要なことは一同のやる気を極力なくさせないようにすること。戻るにしても、いきなり戻るのでなく、ある程度やれるかどうか確認してから戻れば、全員の士気を極度に落とすことは避けられる。一年以上前のグループワーク、クラス討議も意外と覚えているものである。

  午後2時の出発から4時間が経過してもパリを抜け出せない状況で、この後どうするかについての話し合いが行われた。以下は、車内における会話である。

日本人男性: 4時間経ってもパリから出られないし、病人もいる。一度セルジー(学校の寮がある場所)に戻るべきではないか。
韓国人男性(運転中): 大丈夫、何とかなる。重要なのはあきらめないことだ。
シンガポール人女性(重病人): ホテルに既に料金を払ってある。返金されないのに帰れるか!
中国人女性(イライラ最高潮): 何でこの i-phone は使えないんだ!

  全員がMBA学生であるにも拘らず、特に議論もなく、多数決により旅行は継続されることになる。八甲田山の授業風に言えば、「行くであります」となったわけだ。この後、運良く電化製品店が見つかり、カーナビを購入して道に迷うことはなくなった。しかしながら、ミュンヘンに到着したのは翌朝の午前6時前。その後、睡眠を殆ど取らず午前9時に起床してビール祭りに参加したが、ただビールを飲んで騒いでいるだけの祭りであった。

  シンガポール人の容態はその後も悪化して、日曜の朝は殆ど動けない状態になった。結果として、日曜の午後パリに戻ることになり、結局殆ど観光することもなく、この旅は終わることとなった。

  今回学んだことは、サンクコスト(埋没コスト)をあきらめさせることの難しさである。既にホテル代を支払っていたため、病気で動けない人間を抱えたまま旅行を継続した。病人が旅行を止めることで、他の人間の効用(自由に動ける嬉しさ、喜び)は全体で大きくなったと思われる。しかしながら、現実には病人がサンクコストから逃れられなかったため、全体の効用は大きく落ちることになった。

  実際のビジネスに戻る前に、ケースを活かす場面に出くわすとは正直思わなかった。八甲田山でも、一兵士達は様々な思いを胸に上官の間違った命令を聞かされていたことだろう。現実のビジネスでも、間違った判断を認めたくない(サンクコスト)ため様々な悲劇が起こりうる。今後の判断でも、「サンクコストに気をつけなければならない」、と狭いレンタカーの中で思ったミュンヘンへの旅でありました。

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